夏休み旅行 (24) 早速「ビールストリート」に出てみます

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「ハンプトン・イン&スイーツ・メンフィス・ビール・ストリート](長いので以下は単に「ハンプトン・イン」と略します)の中を一通り見て、ホテルの外に出たのが午後の7時頃。
この時期、シカゴもメンフィスも、この時間はまだまだ昼間の光が充分過ぎる程残っています。
まず。ホテルの正面玄関前には「ピーボディー・プレイス」(Peabody Place)という複合ショッピング・モールが・・・。

新しそうなモールですが、人は余り入っていません。
道端には馬車の列。
これはこの辺にかなりいて、夜は電飾をつけた派手なものも闊歩、観光客を誘います。
声もかけられますが、僕一人では恥ずかしくて・・・。
確か時間は忘れましたが、料金は20ドルだったような気がします。

1940年代末から、メンフィス一の、いや南部一の黒人系エンターテイメント街だった「ビール・ストリート」(Beale Street)までは、ホテルから1ブロック、歩いて2分くらいなものです。
この日は金曜日、もうホテルから1歩外に出るだけで、どこからともなく聞こえるブルーズの響き・・・あぁ、僕はついにメンフィスの街にいるのです(笑)。

もちろんメンフィスはブルースの街であるとともに、フェデラル・エクスプレスの本拠地、巨大な「フェデックス・フォーラム」(FedEx Forum)とミュージック・クラブが隣り合わせにあったりします。
そして、ビール・ストリートはこの地区に縁のあるミュージシャンの名前が付いている通りと交差。
ここはルーファス・トーマス(Rufus Thomas)の名前が付けられた通りです。
1940年代末から50年代にかけて、メンフィスでルーファスを始め黒人タレント達の登竜門であった「パラス劇場」(The Palace Theater)の跡でもあるのです。

これは往年のルーファスですが、この辺り、黒人音楽に興味のない人は、どうぞ読み飛ばしてくださいね。
(写真を大きくすると、版権のこと言われそうな写真なので、小さく・・・)
そして、これが「ブルースの父」と言われたW.C.ハンディ(W.C. Hady)の像。

もちろん今ではブルース・ヒストリアンによってその称号は偏った見方によるものと言われていますが、とにもかくにもメンフィスを代表する音楽家の一人ではあります。
その大きな木のある公園の常設の舞台では、メンフィスのローカル・バンドがギターをかき鳴らしブルースを唸りまくっています。

別の路上にも別のバンドが・・・。
週末には数えきれないブルース・シンガーやブルースバンドがビール・ストリートのあちこちでライブをしています。
もう最盛期にはブルースの音のカオス状態になってしまうほどです。
日も暮れかけてきてますます涼風は立ち始める午後8時ごろ、白人も黒人も手に手に好みのドリンクを持ち、自分の好きなタイプの「音」に、ステップを踏み、一緒に歌い、そして踊り始めるのです。
すごく良い雰囲気!
深夜近くなると酔っ払った若者の傍若無人ぶりも見えてくるので、このくらいの時間が、一番「ブルースの街」メンフィスを感じる時間でした。
(ただ週末とそれ以外では賑やかさに相当な差があるので、出来れば「お祭り騒ぎ」の週末のほうが、より楽しく過ごせるようです)

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