25年ぶりの「和田金」

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奥さんの希望もあって伊勢志摩方面に1泊2日で旅行してきました。
シンガポールを早めに切り上げて、これからその報告です。
僕らは関東に住んでいるので、東京からは新幹線で名古屋に。
その後JRか近鉄で目的地の途中駅になる松阪に寄り、名物の松阪牛でランチでもと考えたのです。

松阪まではJRの「特急ワイドビュー南紀3号」というのに乗りましたが、この区間は近鉄もほとんど同じ経路を走り、所要時間や値段はJRよりややお得・・・というのは、後になって知りました。
予約する時に、緑の窓口で一括して払ってしまったので、そんなことは考えもせず・・・です。
桑名、四日市、鈴鹿、津と停まり、松阪駅に。
(有名な地名ばかりですが、関東に住んでいると、この辺りの町の順番が全然分かなかったりします。鈴鹿ってこの辺だったんだぁとか・・・)
で、松阪駅。
前にも書いたようにJRと近鉄でここも駅舎は共用のようです。
駅を降りると、もう何となく肉と醤油の匂いがしてくる感じ。
失礼ながら駅前はあまり活気がなく、時々僕らのような旅行者然としておば様方や熟年カップルが通り過ぎるのみです。
さて、松阪と言えば松阪牛、松阪牛と言えば「和田金」・・・ですよね。
明治初期の創業で、自社の牧場に兵庫県産の黒毛和牛の雌牛のみ常時2千数百頭を独自の方法で飼育・販売している、松阪牛界のガリバー的存在の店。
僕は25年ほど前に、今は亡き父親に連れられて、ここで肉を食べた覚えがあります。
あの時の衝撃は、今でも忘れられません。
特別に育てられ調理された牛肉がどんなに美味いものなのか、家でたまに食べる牛肉とは全く違う食べ物のように思えたのを、今でもはっきりと覚えています。
肉をぱくつく僕を嬉しそうに眺める親父さんの顔と、謙虚なんだけどどこか得意げに肉を焼いてお世話してくれる着物姿の仲居さんの横顔・・・。
それを奥さんと25年ぶりに味わおうと、伊勢志摩方面に出かけると決めたその日に、昼は松阪の「和田金」で・・・と決めたのです。

駅から歩くこと約10分、堂々たるこの5階建ての建物が「和田金」です。
黒服を着た番頭さん(?)が愛想よく迎え入れてれます。
入口は大規模な高級旅館の玄関のよう。
予約の名前を告げた後の流れはさすがで、自分達担当の女性が即座に現れ、あとは流れるように事が進みます。

この店はすべてが個室の造り、全部で40室はあるようです。
仲居さんの改めての挨拶、お茶出し、注文の取り方・・・マニュアル化されているのでしょうが、それに上塗りされるベテランならではの臨機応変のアドリブ。
僕らに付いてくれた女性は、もう20年以上もここでこの仕事をしているとのこと、本当にベテラン中のベテランさんでした。
この段階でまず気付くのは墨。

形の揃ったきれいな墨です。
きっと特注なのでしょう。
さ、ここでオーダーです。
「和田金」のメニューは限られていて、主なものは寿き焼(いわゆる「すき焼き」)、あみ焼、志お焼、しゃぶしゃぶ、ステーキといったところです。
やはり名物の寿き焼?
いやいや、うちの親父さんは僕の記憶ではここであみ焼を食べていたような・・・。
迷いに迷って、寿き焼とあみ焼両方を頼んで、夫婦でシェアすることにしました。
仲居さんはこういうことも慣れていて、「それがよろしいですな」とニッコリ。
出てきた肉は・・・色が本当にきれ~~~~い!
この写真の100倍はきれいだと思ってください(笑)。
本当に食欲をそそる赤みの色合いと形の良いサシの白さです。
上が寿き焼用、下があみ焼用の肉、一枚130グラムくらいのようです。
まずは、あみ焼から。

ご覧のように、寿き焼と同様の割り下を塗りながら、網で焼いていきます。
こちらと何気ない会話をしながら、仲居さんの目は以外にも真剣です。
毎日肉を焼いて20年以上と言う彼女でも、日々肉との勝負だそうです。
焼き方はミディアムと指定
五感をフルに働かせて、秒単位で焼いて、ひっくり返して、割り下を塗って、出来上がったのがこれ。
美しい、そして美味そうでしょう!

これぞ「日本の」ステーキの極致!
箸でも歯茎でも切れそうなほど柔らかい肉質、それでいて肉の持つ繊維質も適度に感じ、肉汁がくど過ぎないほどに口中に広がる・・・そして身にまとっている醤油と出汁の味が鼻孔と舌をくすぐる・・・。
付けるのは和辛子がピッタリ。
これは25年前の僕が感激するはずです。
でも、これはあまりにも日本的なステーキ、その後日本でもアメリカでも本当に美味しい肉らしい肉やステーキを知ってしまうと、「柔らか~い」という形容詞が肉の褒め言葉にはならないことが分かってしまっています。
それでも、この「和田金」のあみ焼は、このスタイルでの最高作品と言えるでしょう。
僕らは寿き焼より断然気に入りました。

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