ファーストクラスでジャカルタ弾丸 (13) 深夜のクラブ巡り

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この(13)は普通の旅行記ではないので、どうぞ読み飛ばしちゃってください。
インドネシア料理店「ララジョングラン」で食事をした後は、土曜の夜ならでのお楽しみ、大人のクラブ活動です(笑)。
あ、僕の場合、ジャカルタで「クラブ」といっても、多くの日本人が思い浮かべる「ブロックM」にあるカラオケ系の店、西洋風ディスコ、風俗系の店の「クラブ」ではなくて、「ク」にアクセントのない平たく発音する方の「クラブ」です。
何度も書いていますが、僕は音楽が大好き。
専門はソウル・ミュージッツクとかR&Bと呼ばれる分野ですが、アジアの土着音楽がモダンなビートを纏ってダンスミュージックに姿を変えているタイプも大好物なんです。
タイでもモーラムという北東部の民族音楽にディスコがプラスされたようなラムシンには大いに惹かれ、何度もライブを見に行きました。
実はインドネシアにもそういう音楽があるんです。
ダンドゥットです。
ダンドゥットはクロンチョン(名曲「ブンガワン・ソロ」なんかはこのジャンルに入ります)と共に、インドネシア大衆音楽の大きな柱。
特にダンドゥットの方は時代と共にビート感を強め、今でもインドネシア都市部の労働者階級には絶大な支持を受けている音楽なのです。
どんな感じの音楽?
例を挙げておきます。

「クンダン」という太鼓のリズムをベースに、スンダ地方の笛「スリン」やキーボード、エレキギター、そして、こぶしの効いたヴォーカルなどで構成されていて、1970年代に「ロマ・イラマ」というミュージシャンがそのスタイルを確立したといわれています。
サウンド的にはインドネシアの古くからの大衆音楽「クロンチョン」にマレーの大衆歌謡ムラユー音楽、インドの映画音楽やイスラムのダンス音楽、ロックなどの要素が加わっているといえば良いでしょうか。
創始者と言われる「ロマ・イラマ」は当初、イスラム的、社会的メッセージを歌に込めたそうなのですが、この音楽の支持者の多くが低所得者層だったということもあり、「ダンドゥット」は、次第に低所得者層の厳しい現実や男女の恋愛を題材にするようになったとのことです。
そのダンドゥットのリアル・ライブを聞いてみたい、それが僕の夢だったので、かなり情報を探したのですが、ネットに乗るような情報はほとんどなく、ダンドゥットはインドネシアの奥深くにもぐりこんでいるようです。
そこで「グランドハイアットジャカルタ」のコンシェルジュにも相談してみたのですが、彼、「ダンドゥット」という言葉を聞いただけで、眉を顰め、まるで汚らわしいものを見るような顔をします。
「本気でおっしゃっておられます?」と僕の顔をまじまじと見ます。
それでもゲストのリクエストには忠実なコンシェルジュ、数軒の多分ダンドゥットのバンドが入ってそうな、あるいはその種の音楽がかかるローカルなディスコを、あちこち聞きながら書き出してくれたのです。
そしてこうも付け加えてくれました。
「本当に気を付けてください。お客様のような方の行くところではありません。麻薬が普通に流通しているようなところです」と・・・。
了解、僕も冒険はしません。
少しでも怪しそうなら引き下がります。
リスティングの中から比較的近そうところにタクシーで行ってみたのですが、いや~、僕の知ってるジャカルタの中心部とは全然違うムードで、これは無理かも・・・。
辺りは真っ暗で、ところどころに明かり。
それらしき店は確かにあったのですが、あまりにも怪しい、さすがの僕も近寄れませんでした。
ライブ演奏ではなさそうですが、半分開かれたドアからダンドゥットが大きな音で聞こえてきます。
怖いので、タクシーから降りずにしばらく周囲を見回し、やはりこれ以上冒険するのは止めました。
ブルースを聞くのに、シカゴのサウスサイドまで行った僕ですが、ここは駄目でした。
やはり僕らが行けるのはダンドゥットの大規模なコンサートみたいなところですかね。
残念。
ということで、今度は一転、ジャカルタの最先端クラブに行ってみました。

もう日付が変わる頃というのに、入場を待つ人の列。
クラブの入口の真ん前には、こんなフード・スタールが出ています。
クラブは最初の1ドンク付きで170000ルピアというインドネシアにしては高額、それでもお客は4~500人くらいはいたでしょうか、もう押し合いへし合い状態。

その値段取るだけあって、冷房、換気、音響、ライティング、DJはOK。
ショーもあってこのマツコデラックス風のディーヴァのリップシンク(口パク)芸は大人気で、最後は全員で合唱(僕の知らない曲)。
一体感が強まったところで、ステージの一部が片付けられ、後はもう狂乱のダンス・タイム。
「GET WET PARTY」とのことで水は撒かれるは、もう何が何だか・・・。
西洋系の顔立ちをした人は数人いた気がしますが、まさか日本人は僕以外いなかったと思います。
僕はクロージング・タイムの少し前に出ましたが(午前2時頃です)、普通にクラブの前には警備員がいて、タクシーが次々に来ていました。
深いなぁ、ジャカルタ。

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